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研究テーマ

「80万年前に東南アジアで起きた小天体衝突の位置、規模、様式特定と環境への影響評価」(科研費国際共同研究強化B)

2013年にロシアのチェリアビンスク州で目撃された隕石の空中分解前の直径は20m前後とされ、高度30kmで爆発しました。この時の衝撃波で被害を受けた地域は100km四方に及び、約1500人が負傷し、被害総額は約30億円といわれています。直径10mの小天体の衝突頻度は100年に1度程度と見積もられていますが、その被害規模や被害額の見積もりは他の自然災害に比べて高くはありません。一方、今から約6600万年前に直径約10kmの小天体がユカタン半島に衝突して地球規模の環境変化や生物の大量絶滅を引き起こし、その後の生物進化にも大きく影響しました。この規模の衝突の頻度は1億年に1度程度と見積もられ、衝突頻度の減少率(106分の1)に対して、被害者数や被害総額の増加率(107〜9倍)の方が大きい可能性があります。しかし、こうした小天体衝突のリスク評価を行う上で、上述した2つの例の間に位置する直径数百m〜数kmスケールの小天体衝突が、どの様な環境擾乱を、どの位の範囲に渡り、どの位の程度で引き起こしたのか、それにより生物や生態系はどういう影響を受け、どう応答したかを研究した例は、これまでありませんでした。それは、その様なスケールの小天体衝突の頻度が少なく、かつ衝突年代が古いため、衝突や環境変動に関する情報がほとんど残っていない、あるいは残っていても容易に観察出来ないからだと考えられます。そうした中、およそ80万年前にインドシナ半島の何処かで起こったといわれている小天体衝突は、オーストラリア-アジア・テクタイト・イベント(AATE)として古くから知られ、飛散したテクタイト(衝突により溶融した地殻物質が滴となって飛散し、ガラス玉となったもの)の分布や量から衝突した小天体の大きさは直径数km(クレーター直径30〜100km)と見積もられています。この小天体衝突は地球上で起きた直径数百m以上の小天体衝突の中で最も新しく、上述の研究事例の空白を埋めるのに最適な研究対象と考えられます。しかし、50年以上に及ぶ調査にもかかわらず、衝突クレーターが未だに発見されていません。その理由の一つに、AATEに関するこれまでの研究の多くが、地表面上に転石として見出され由来がわからないテクタイトや、海洋堆積物コア試料中に産するマイクロテクタイトの鉱物・化学分析に基づくものであり、インドシナ半島陸域においてイジェクタ層(小天体衝突に伴い、標的となった地殻物質が破砕されて衝突地点周辺に飛散、堆積した地層)を認定し、その層厚や粒径、テクタイトや衝撃変成石英など衝突起源物質含有量とそれらの地理的分布を調べた研究が存在しなかったことが挙げられます。

ラオス南部にて、地元の農家の方が発見した巨大なテクタイト

ベトナム中部での調査中に見つかったテクタイト

そこで本研究では、約80万年前に東南アジアの何処かで起こり、地球表面の1/3以上にわたってテクタイトを飛散させた小天体衝突について、多田隆治、多田賢弘が主体となってタイ、ラオス、カンボジア、ベトナムにおいて地質調査・試料採取を行ない、衝撃変成石英やテクタイトの産状に基づいてイジェクタ層を認定し、①基盤岩中の衝撃変成石英の有無と量、②イジェクタ堆積物の層厚・粒度・含まれる基盤岩片の種類と量、③基盤岩が受けた温度・圧力履歴、④イジェクタ中の炭化木片の燃焼温度及び様式、を推定し、その地理分布を示す事によって、小天体の衝突位置、規模、様式、周辺環境への物理化学的影響の推定を行います。また、堆積速度が速く浮遊性、底生有孔虫殻を連続的に産出し、中期更新世の模式地になる可能性が高い千葉セクションでAATE層準を認定し、それをまたぐ形で浮遊性有孔虫殻の炭素同位体比、酸素同位体比、Mg/Ca比を測定することにより、(a)森林燃焼によりどのくらいの量のCO2が大気中に放出され、それが海洋に吸収されるまでにどのくらいの期間を要したか、(b)大気中のCO2濃度上昇に伴って海水温がどの程度上昇し、それはどの位の期間持続したか、を明らかにすることも目的です。更に、これらの結果をもとに数値シミュレーションを行い、AATEを引き起こした小天体衝突が、どの位の範囲に渡って、どの様な環境擾乱を引き起こしたかをより具体的に明らかにすることを目指します。